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取締役専務 田那部昇 Noboru Tanabe
私のおじいさんの代から続く、『田那部青果』に生まれ、みかんに囲まれて育ってきました。
生まれは昭和41年。明星食品の『チャルメラ』発売や、トヨタ・カローラが発売になるなど、長寿商品が軒並み発売された年に生まれました。

小さい頃からわんぱくで、海に山にと、豊富な愛媛の自然の中で育って早40余年。
冬のみかんの時期になると当然のように高価格で売れていく時代もありました。今では考えられないようなリッチな生活もしました。

黙っていても、売れた時代が確かにそこにありました。しかし、時代は変わっていきます。
オレンジ輸入自由化や、後継者不足、柑橘の種類があまりに多種多様となり、消費者離れが加速しました。
青果問屋として、みかんが買えない、売れないという事は本当に死活問題です。 みかん以外にタマネギの皮むき加工など、様々な事で会社を維持する事で精一杯でした。

そんな苦しい中でしたが、私には仲間がいました。
若くして、みかん栽培に情熱を賭ける農家さんのグループです。
彼らが、本当に旨いみかんを作っては、私に希望を与えてくれました。
本当に美味しいみかんというのは、地元で無いと食べられません。
腐りやすいですから流通させないのです。

そんな背景がありましたから、本当に美味しいものを『そのままで』お届けする事に苦心しました。
手始めに本当に美味しいジュースを作ろう!と立ち上がりましたが、全く美味しくない。 今思えば、ジュース作りの『常識』に捕らわれていました。 これならイケる!と確信を持つまでに約4年かかりました。
ジュースつくりには保健所の免許が必要です。その免許を得るためには施設が必要です。当然、設備投資をせねばなりません。 どこにもお金はありませんでしたが、農家さんの将来や、今の柑橘事情を思うと自分がやり遂げなければなりません。信念を持っていました。

最新の設備を導入! と派手な事は必要ありませんでした。ただ、シンプルに作ることが美味しさをそのままでお届けできる秘訣でしたから。 それでも、設備を作るが為に生活は困窮を極め、従業員のお給料も伸ばし伸ばしという状況も長く続きました。 大袈裟ではなくみんな人生を賭けていました。
農家さんの情熱と私たちの信念は、一杯のジュースとしてお届けできる様になりました。

青果問屋として、美味しいみかんをそのままの味でお届けする。 それが私の人生です。
売れる商品を作ることよりも、良い物だけを作ります。
今度はなにを作ろうか!
田那部光代 Mitsuyo Tanabe
専務の嫁です!
経理、業務、総務、家事何もかもこなしてます!
人手が足りません!にゃんこの手も借りたいくらい!


その上、みかんの時期になると、私もみかんの選果までやらなくちゃなりません!
日本一多忙な主婦の一人です! ふふふ♪
工場長 杉田一郎 Ichiro Sugita
専務の同級生です。
もう、一蓮托生! 田那部青果の商品製造は任せて下さいよ!
私の携帯着信音は『必殺仕事人』やる気がでます。
あなたの為に美味しい商品を一つずつ作っています!
朝は4時前から製造を始め、その集中力たるや神の域。

商売人でも、職人でもない。
ただ、良い物をコツコツ作るだけです。
それが『信用』ですから!
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